全社でのROIC(加重平均資本コスト)の算出や、現場へのKPI落とし込みが軌道に乗ってくると、次に見えてくるステップが「セグメント別のROIC管理」です。
「どの事業部が、どれだけ資本を効率的に使って稼いでいるのか」を丸裸にできるセグメントROICは、経営陣にとっても非常に魅力的な道具に映ります。
しかし、いざ経理がエクセルを開いてセグメント別のバランスシート(BS)を作ろうとすると、一気に泥沼にハマります。その元凶が、「セグメント間取引(内部取引)」と「そこで発生した利益(内部利益・利益剰余金)」の扱いです。
全社連結決算なら「相殺消去」して終わる話ですが、各事業部の業績評価(ROIC)となると、そう簡単にはいきません。今回は、この実務の難所をどのように整理し、落とし所を見つけるべきか、私の経験をもとにシェアします。
計算式のおさらいと、最初にぶつかる根本的な問い
まず、セグメント別ROICの基本式は以下の通りです。
セグメントROIC = セグメント利益(NOPAT) ÷ セグメント投下資本
この「セグメント投下資本」を計算する際、経理としては「調達サイド(有利子負債 + 純資産・利益剰余金)」から分けるべきか、「資産サイド(運転資本 + 固定資産)」から分けるべきか、という最初の選択を迫られます。
結論から言うと、実務的には「資産サイド」から各セグメントの資産・負債を直接集計していくアプローチが圧倒的に現実的です。
なぜなら、全社共通の「有利子負債」や「純資産(過去の利益の蓄積である利益剰余金)」を、各セグメントにロジカルに切り分けるのは非常に困難だからです。したがって、セグメント間で稼いだ利益剰余金そのものをどう配賦するかというよりは、「内部取引によって発生したPLの利益と、BSの資産(棚卸資産や未実現利益)をどう調整するか」が本当の論点になります。
難所1:セグメント間の「売買取引」をどう扱うか
例えば、材料を製造する「A事業部」が、社内の製品を組み立てる「B事業部」へ社内振替(販売)を行っているケースを考えてみます。
この場合、セグメント別のPLとBSには以下のような影響が出ます。
- PL側(売上・利益): A事業部には「内部売上・内部利益」が立ち、B事業部には「内部仕入(原価)」が発生します。
- BS側(債権・債務): A事業部には「内部売掛金」、B事業部には「内部買掛金」が残ります。
実務的な落とし所
各事業部の「自律的な経営努力」を正しく測るという目的(インセンティブ)を重視するなら、セグメントROICの計算においては、これらの内部取引を「含めたまま」計算するのが自然です。
A事業部からすれば、社内向けであっても汗を流して作った製品ですから、その分の売掛金(投下資本)を背負い、利益(NOPAT)を認識すべきです。B事業部も同様に、社内から仕入れた在庫を投下資本として認識します。
ただし、ここで経理が厳しく管理しなければならないのは、「内部振替価格(ルール)の妥当性」です。A事業部が自らのROICを良くするために、市場価格から大きくかけ離れた高い価格でB事業部に押し付けるようなことがあれば、社内のモチベーションは崩壊します。「市場価格ベース」または「一定の妥当なマージンを乗せた原価ベース」といった、全社で合意されたルールが鉄則になります。
難所2:期末に残った「内部利益の未実現消去」をどうするか
最も経理の頭を悩ませるのが、「A事業部が利益を乗せてB事業部に売ったものの、期末時点でB事業部の倉庫にまだ在庫として残っている分」の扱いです。
全社連結決算では、この在庫に含まれる「A事業部が稼いだ利益(内部利益)」は、まだ外部に売れていないため「未実現利益」として一括消去されます。
では、セグメントROICではどう扱うべきでしょうか。選択肢は2つあります。
選択肢①:全社連結に合わせて、セグメント側でも内部利益を消去する
B事業部の倉庫にある棚卸資産(投下資本)から内部利益を差し引き、A事業部のNOPAT(利益)からもその分をマイナスしてROICを計算する方法です。
- メリット: 各セグメントのROICの合計(あるいは加重平均)が、全社連結のROICと綺麗に一致するため、経営陣への説明が非常に楽になります。
- デメリット: A事業部からすると、「ちゃんとB事業部に納品したのに、なぜBの在庫状況のせいでこちらの利益が減らされるんだ」という不満(業績評価への不信感)に繋がります。
選択肢②:セグメント単体では消去せず、全社集計時に「調整額」として処理する
各事業部のROICは、内部取引を含んだ「言い値(実務上の取引)」のまま計算し、全社合計する段階で、連結消去分を「調整額セグメント(全社共通)」として一括で差し引く方法です。
- メリット: 各事業部の責任範囲(コントロールできる領域)が明確になり、現場の納得感が得られやすいです。
- デメリット: 各セグメントの数字を足しても全社の数字と一致しないため、「調整額」がブラックボックス化しやすくなります。
どちらを選ぶべきか?
私の経験上、現場のモチベーションと実務の簡素化を考慮すると、まずは「選択肢②(セグメント単体では消去せず、全社集計時に調整額を置く)」からスタートすることをおすすめします。
経理の自己満足で「100%正しい理論値」を追求するあまり、現場が「計算ロジックが複雑すぎて、どうすれば数字が改善するのか分からない」となってしまっては、ROICを導入した意味が薄れてしまうからです。
まとめ:仕組みを「動かす」ためのルール作り
セグメント別ROICの世界には、一歩足を踏み入れると「本社建物の減価償却費はどう配賦するか」「余剰手元資金の金利はどうするか」といった、正解のない問いが無限に湧き出てきます。
ここで大切なのは、経理が独断で決めるのではなく、「この物差し(ルール)で、みんなで競争しましょう」という社内の合意(ガバナンス)を作ることです。
多少の大雑把さがあっても、ルールが一貫しており、現場が「これなら納得できる」と思えるシンプルな仕組みの方が、結果として組織は健全に動き出します。
連結決算の「消去」という引き算の視点だけでなく、現場の「やる気」を引き出すための足し算の視点を持つこと。これもまた、バックオフィスが社内で価値を発揮するための、面白い試行錯誤の一つではないでしょうか。
